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クマヤー洞穴遺跡

更新日:2016年12月1日


北谷町域の遺跡分布図

6.クマヤー洞穴遺跡(北谷町字砂辺村内原49番地 他3筆)

 クマヤー洞穴遺跡は砂辺集落の南西側、海岸近くの標高約7メートルの低い石灰岩段丘にできた鍾乳洞に位置する。ほぼ東西に延びた全長40メートルあまりの鍾乳洞は、三つの連続した空間の洞穴(ガマ)から形成されている。入口は南東隅に鍾乳洞の特有な陥没したドリーネと呼ばれる縦穴で、直径約5メートル、深さ4メートルほどの口が開口している。その入口付近の光の届く12メートルの範囲である第一ガマに、先史時代の人々の痕跡はみられるが、その北西側奥の第二・三のガマには生活の痕跡は発見されなく、原始・古代の人々が、洞穴を利用する様相の一端をうかがい知ることができる。
 洞穴は過去五期にわたって人々の活動の痕跡をみることができる。
 最も古い第一期目は、今から約5,000年前の縄文時代前期に相当する前期2期の、室川下層式土器の時代である。
 二期目は約3,500年から3,000年前までの縄文時代後期に相当する前期4期で、伊波式土器や荻堂式土器、それに後続する大山式土器の時代である。
 三期目は約2,500年前の縄文時代晩期に相当する前期5期で、カヤウチバンタ式土器、宇佐浜式土器、喜念1式土器などや、また、土器の頸部に突起をもつ磨研土器の影響を受けたものなどが出土する時期でもある。
 四期目は約800年から600年前までの時期で、いわゆるグスク時代に相当し、青磁・白磁の香炉や碗、刀子・ガラス玉・鉄鏃が出土する時期である。
 五期目の近世になると、岩陰墓として利用されていた。さらに、第二次世界大戦中は、砂辺集落の人々が約300人ほどが、避難場所として洞穴の全域を利用していたことが、現場の状況や証言から分かった時期である。
 このようにクマヤー洞穴遺跡は、入口付近の狭い範囲にかぎって先史時代からグスク時代にかけて利用されるだけでなく、特に避難場所や沖縄諸島の風葬や改葬の源流を考える上で重要な遺跡だと考えられる。

お問い合わせ

北谷町教育委員会 社会教育課
沖縄県中頭郡北谷町字桑江226番地
電話:098-982-7707
FAX:098-936-3491

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