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旧字桑江御願所

更新日:2021年9月22日

1)旧字桑江御願所(北谷町桑江小堀原279番地)

 旧字桑江御願所は、“Camp Kue”内、ナルカー(奈留川)原の水源地近くに所在する。以下、合祀される拝所を向かって右側から順に紹介したい。

 (1)ニーヌファ
 ニーヌファは、現在の御願所に位置する。古老によれば、支那事変(日中戦争)の頃、竹山御嶽の神を遷して祀ったという。
 戦前、このニーヌファへは、ムラの神人やヤクミ(役目・交替制の行事世話役)らによって、一年間の神事開始を告げるハチウガミ(初拝み)が行われ、その際には、村人の無病息災や豊作の祈願なども併せておこなったという。現在は、旧字桑江郷友会のヤクミ数名によって、村の安泰や村人の健康祈願が行われている。

 (2)竹山御嶽
 桑江公園内に所在したガマを竹山御嶽と称したようである。伝承によれば、谷茶大主に攻められた、北谷グスクの大川按司が逃げ延びた所で、それに由縁する御嶽であるという。

 (3)トン・土帝君
 戦前の桑江集落南側に位置していた。『琉球國由来記』によれば、トンでは平安山ノロが四ウマチー(2月・3月・5月・6月のウマチー)をおこなうとある。
 また土帝君では、戦前まで2月1日から3日間ニングヮチャーと称する行事が行われ、その際は、シンムイ(お膳に大根や豆腐などを盛ったもの)を供えて、豊作の祈願を行ったという。しかし、現在では、旧字郷友会の役員数名による拝みが行われているのみである。

 (4)カンカーの神
 戦前の桑江集落、屋号山ヒヂの北側には池があった。その池の近くにはカンカーの神が祀られ、旧暦の12月7日には、カンカーと称した悪霊侵入防除儀礼をおこなったという。カンカーの行事には、先ず池で豚を屠殺解体し、その骨片や肉をヒジャイナー(左縄)に挟み、村の入口に吊り下げたり、カンカー神に供えたりして、悪霊や悪疫の村落内への侵入を阻止した。残りの豚肉はその場で煮炊きされ、村中の老若男女が共食したという。現在は、かつてのような行事は省略され、郷友会の役員数名による拝みが行われているのみである。

 (5)豊年神・サーターモー
 かつての桑江集落南側(現在の“Camp Kue”内、米軍病院の裏側)には、サーターヤーが在ったため、この一帯をサーターモーと呼んでいた。そこには豊年神・遊神が祀られ、旧暦8月15日の「十五夜の遊び」には、豊作を感謝する唄や踊りが奉納されたという。現在は、フチャギや果物などを供えて、郷友会の役員による祈願がおこなわれる。
 
 (6)びじゅる
 戦前は、北谷トンネル(現在の国道58号線、謝苅交差点南側)北西側に位置していた。『北谷町史』には、「例祭はクスッキーであった。(中略)このビジュルは、普天間権現とクサイ(特別な関係)といわれていた」とある。

 (7)産川
 子どもの誕生に際し、ンブミジ(産湯)を取る産川(ンブガー)は、戦前の桑江集落南側に位置していた。

 (8)大荒神川・(9)村火神
 大荒神川と村火神については、今のところ、その性格などについては不明である。

お問い合わせ

北谷町教育委員会 文化課
沖縄県中頭郡北谷町桑江一丁目1番1号
電話:098-936-3159
FAX:098-926-2871

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