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平安山の合祀所

更新日:2016年12月1日


平安山の合祀所(西側より)

1)平安山の合祀所(北谷町浜川千原82番地)

 平安山の合祀所は、浜川集落の拝所「孔連廟」の南隣に位置する。以下、合祀される「白露之神」、「殿之神」、「宇地川之神」について聞き取りをもとに紹介する。

(1)白露之神

 戦前の平安山集落北側には、平安山ウガンと称する拝所があった。この拝所では、太陽暦の9月ごろに当たる白露の節に、ムラの有志らがシル豆腐を供えて「白露の拝み」をおこない、また、2月・3月・5月・6月のウマチーには、平安山ノロが祭祀を行ったという。
 しかし、戦前までおこなわれていた四ウマチーは、戦時中のノロの物故とともに消滅し、現在は、「白露の拝み」が旧字郷友会の役員(男性)によっておこなわれているのみである。ちなみに、この平安山ウガンの神を白露之神という。

(2)殿之神

 戦前、殿でおこなわれた主な行事は、旧暦2月2日から4日までの3日間、ムラをあげておこなわれたクスックイー(腰憩め)。また、平安山ノロを中心に行われた2月ウマチー・3月ウマチー・5月ウマチー・6月ウマチの四ウマチーである。
 3日間行われたクスックイーの際、殿へ赴くのは、初日のシマクサラサーであった。
シマクサラサーはアカフーゲーシともいい、悪疫の部落侵入を防ぐ行事である。
また、この行事は男性を中心におこなわれ、殿には、豚の骨片を吊るした左縄を張って、悪疫の侵入を阻止したという。
 四ウマチーには、平安山ノロは白装束に身を包み、頭にはヤマカンダー(山葛)と白ハチマキをしめた出立ちで行事に臨んだという。
 ところが、戦前まで行われていたこれらの行事は、戦後、衰微・衰退の一途を辿り、盛大におこなわれていたクスックイーは姿を消した。また、2月・3月・5月・6月の四ウマチーは、平安山ノロの物故後、ノロの継承も途絶え、現在は、ノロ殿内の家人らによる拝みが行われるのみである。

(3)宇地川之神(ウーチヌカー)

 ウーチヌカーは、平安山の祖先たちが使用したと伝えられるカーである。現在の年中行事において、このカーへの独立した拝みは確認できない。しかし、古老はかつてウーチヌカーでは、雨乞い祈願をおこなったという。雨乞いは、先ず、男たちがウーチヌカーにおいて豚を一頭潰し、潰した豚の骨片や肉を黒い石(拝所の印)の前へ供え、準備が整うと平安山ノロを中心に祈願がはじまる。祈願を終えたノロは、雨乞いの「ウムイ」を唱えながら、ウーチヌカーの水を村人にかけながら、水の神に雨を乞うたという。
 ちなみに、平安山の雨乞い祈願は、平安山ノロの祭祀域である砂辺・浜川・桑江・伊礼・平安山の五ヵ集落共同でおこなわれたという。

お問い合わせ

北谷町教育委員会 社会教育課
沖縄県中頭郡北谷町字桑江226番地
電話:098-982-7707
FAX:098-936-3491

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