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伊礼原遺跡

更新日:2016年12月1日

(8)国指定史跡 伊礼原遺跡

遺跡の発見

 キャンプ桑江北側地区の返還が平成8年12月に日米安全保障協議委員会の「沖縄における施設及び区域に関する特別行動委員会(SACO)」において平成15年3月末日に返還することが合意された。
 平成7年度から返還跡地と関連地域を含め約40.5ヘクタールを3年計画で文化庁の補助を受け、キャンプ桑江北側基地内の埋蔵文化財の試掘及び確認調査を行ってきた結果、返還予定地には10遺跡と6遺物散布地が発見された。現在、区画整理事業に伴う記録保存の発掘調査を行っている。

遺跡の重要性

 伊礼原遺跡は、ウーチヌカーの湧水を中心として縄文時代からグスク時代まで約7,000年間の人々の生活址が見られる極めて貴重な地域である。
 遺跡は、丘陵麓から海岸方向へ拡がる低地にかけて立地している。往時の人々がこの地を選んだのは、丘陵麓から湧き出る湧水の存在が飲料水を確保し、山と海を育んだ自然の幸が得られやすい環境であったからと考えられる。
 そして、この地理的環境を活かし、低湿地区の湧水域を「台所」として、砂丘区の平地は住居として「集落」を形成していったようである。このような状況は、低湿地区では約3,500年前以降、利用度が低くなるが湧水は涸れることはなく、マングローブ林や水田へと変化し現在に至っている。一方、砂丘区は丘陵側で古い遺跡が存在し、砂丘が拡がると新しい遺跡が展開し、戦前まで集落を形成していた。戦後は米軍基地に接収されるなど各々の時代の環境に適した地の利の良い地域であったようである。
 遺物は、従来は残りにくい種子や樹木などの保存状態が良好で、獣魚骨・貝殻など多種類出土した。これらの分析結果から往時の古環境が復元できる貴重な遺跡である。
 特に、南島(南西諸島)で縄文時代の約4,000年間の全時期が連続して見られる遺跡は、この「伊礼原遺跡」に限られており、沖縄、延いては南日本の縄文時代を知るうえで極めて重要である。

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北谷町教育委員会 社会教育課
沖縄県中頭郡北谷町字桑江226番地
電話:098-982-7707
FAX:098-936-3491

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