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東日本大震災10年 被災地からの手紙

更新日:2021年2月26日

3月11日。私たちは東日本大震災発災から10年の節目を迎えます。「今だから伝えたいこと」「沖縄のみなさんに伝えたいこと」について、被災地から記事を寄せて頂くことができました。私たちは何を学ぶことができるのでしょうか。被害に遭いつつも人々が支え合い、前を向いて進んだ10年を知って下さい。(一部、表現を修正しています)

≪沖縄の皆様へ≫

私は、東日本大震災で被災した人間です。
東日本大震災の際には、沖縄の皆様からも多大なるご支援とご声援をいただき、本日まで暮らしてきました。
心より御礼申し上げます。
想定外と評された大震災ですが、平成16年に岩手県が行った津波シミュレーションで浸水域は予想されていました。
しかし、「今日の事ではない」とか「過去の津波でもそこまでの津波は来なかった」などと考え、避難計画の見直しや災害時に司令塔となる施設の高台移転を先送りしたまま大震災を迎えてしまいました。
結果、指定避難所を津波が襲い、避難したはずの人が命を失いました。
想定外と呼ばれた東日本大震災の被害は、起こるべくして起きていたのです。

大災害とは、地震の揺れの大きさでも、津波の高さでも、雨の量でもないと思っています。
毎年発生している自然の変化が、いつもよりちょっとだけ大きくなり、さらに別な災害や気持ちの緩みが重なった時に大きな被害になると思っています。
つまり、ちゃんと備えていれば大災害は防げると思っています。
では、誰が備えるのでしょうか。
行政でしょうか、消防でしょうか、自衛隊でしょうか。
道路の整備は行政にしかできない防災です。
消火設備の配備は消防にしかできない防災です。
しかし、家具の固定や備蓄や避難路の確認は行政の役割ではありません。
消防や自衛隊がどんなに訓練を重ねても、地震の時にあなたの家族の上に倒れてくるタンスを支えることはできないのです。

防災とは、過去の災害の被害の対策をつみ重ねた結果です。
つまり起きたことのない災害には、対策が練られていないのが防災です。
新型コロナの対応が後手に感じるのは、前例がないからです。
東日本大震災も前例のない災害だったので、大きな混乱となってしまいました。
しかし、想像を働かせれば、想定はできます。
想像を働かせて備えをしてください。
地震の際に下敷きにならないように家具を固定してください。
大雨などで道路が壊れて孤立しても困らないように備蓄をしてください。
台風など予告された災害の時には、雨が降る前に早めに避難してください。
沖縄は、島です。那覇空港は国内でも標高の低い空港です。たった2mの津波で機能を失います。
あなたが対策を取らないと、あなたも困りますが、あなたが守るべき家族が困るんです。
備えをせずに家族に大変な思いをさせてしまった者からのお願いです。

●防災士 佐藤一男(岩手県陸前高田市)

≪ばあちゃんの教え≫

「ばあちやんはなぁ~津波を6回も経験した。津波は財産をみんなさらっていってしまうけど…命さえあればまた海が助けてくれる。財産もまたつくれる。とにかく地震きたら逃げろ~命だけもって逃げろ~高い所へ。自分の命は自分で守れ~他人をあてにするな」父方の祖母ナミは留守番に来ると津波の怖さと命を守ること、感謝する気持ちの大切さ、海の恩恵について呪文のように私に言い聞かせました。大好きな祖母が繰り返した言葉の意味を理解することになったのは、私が小学校1年生の6月に起きた宮城県沖地震の日。祖母の葬儀の日のことです。夕方学校から帰ると父母は祖母の葬儀に出掛けていて不在。私は隣の家に預けられました。大きな地震に驚いていると「早く外に出ろ」と怒鳴られました。大きな揺れと地面が波打つ怖さ「誰も守ってくれない」経験を初めてしました。数十分後に帰宅した父の顔を見た時の安堵感は今も忘れません。

私が住む宮城県気仙沼市は岩手県との県境の港町。その町の小さな漁業集落で生まれ育ちました。一族、集落全体が漁業に関する仕事に携わり助け合って生きているそんな所。私は地域に見守られて育ちました。台風被害は少ない所ですが、15年に一度くらいの間隔で大きな地震が起こります。

祖母は、生涯で6回津波に遭い、その度に住まいと財産を失いました。そんな祖母が「ここは一族を守る場所」と決め、小高い場所に海の仕事に携わっていなかった父を分家として置きました。女の子の孫には「パンツを持ち歩け。暗い所を一人で歩くな。灯りを持ち歩け、何かの時には地域の人に助けてもらえ」と教えました。

祖母の没後32年目に起こった東日本大震災。祖母の教えは一族を守り、女性の安全と健康を守りました。安全な避難場所を確認すること。安否を確認できること。食事と水が確保できること。災害時に女性が性暴力などの被害に遭わないため、安全を確保するため、1つでもストレスを減らすため、灯りを持ち歩くこと。感染症の予防のため、急に生理になってしまった時に備えて下着を持ち歩き、不快を減らすこと。大切なことを祖母は子どもたち、孫たちに残しました。

沖縄の歴史を調べてみると100年に1度大きな地震災害が起こっているようです。「沖縄では地震も津波も起こらない」ではなく、起こった時に「自分の命を守る」行動ができる学びを子々孫々に残していただければと思います。

●気仙沼おとひめ会 代表 吉田千春(宮城県気仙沼市)

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電話:098-936-1234
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