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北谷町から東北系土器が見つかりました。

更新日:2017年1月25日

平安山原(はんざんばる)B遺跡

平安山原(はんざんばる)B遺跡

平成15年3月、キャンプ桑江北側米軍基地(約45.8ha)返還に伴い、埋蔵文化財発掘調査を行ったところ、10遺跡が発見され、平安山原B遺跡はその1つの遺跡である。本遺跡は貝塚時代後期から近世・近代に及ぶ複合遺跡で、グスク時代の耕作土より貝塚時代後期の土器が混在して出土し、資料整理において今回の大洞系土器が確認された。大洞系土器の出土は、東日本と西日本との交流に南島をも含む壮大な縄文人の活動範囲が窺える貴重な資料となる。これまで、沖縄県内では新潟県産のヒスイが出土していることが判明しているが、新たな交流品に大洞系土器が含まれることは大変意義深く、他の交流品の出土も想定されることや、東北又は東日本で沖縄産の交流品が出土する可能性も期待できる。


発掘現場

大洞(おおほら)系土器

北谷町伊平地内にある平安山原B遺跡で出土しました。東日本の縄文時代晩期の大洞系土器である可能性が高いことが確認された。


発見された大洞系土器

大洞式土器とは

縄文時代晩期の土器型式の一つで、岩手県大船渡市大洞貝塚から出土した土器をもとに設定された。亀ヶ岡式土器とも呼ばれ、この時代の文化を示すものでは「遮光器土偶」が有名である。今回出土した土器片には「工字文」という文様が見られ、この細分型式である「大洞A式」の特徴であり、縄文時代晩期後半に位置付けられる。また大洞式土器には、ウルシなどの顔料が塗られていることが多く、今回の出土品にもわずかに赤色が残っていた。

つぶやき

これまで、見たことない土器であった。東京大学大学院の設楽先生はじめ、沖縄県立博物館の学芸員山崎さんほか大勢の方の助言により、亀ヶ岡系土器に分類される大洞系土器だとわかった。東北系の土器が発見されるとは驚きだ。

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沖縄県中頭郡北谷町字桑江226番地
電話:098-982-7707
FAX:098-936-3491

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