北谷町の地名 -戦前の北谷の姿-
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lイリガー|4か所ある共同井戸の1つ。カミガ一、あるいはイリヌカーとも言う。屋号クラニー(蔵根):20の西側で、集落内の井戸のなかで一そ1;:とお番西側にあった。すぐ側をテツドーが通っていた。いんりょうすい昭和年代にはいると、各屋敷に井戸ができはじめたため、飲料水としては使用しなくなった。しかし、行事のときにはこの井戸から水を汲んで、ハマガー(浜川)集落のムートゥにあたる屋号クラニー(蔵根)やナカムートゥにあたる屋号ウナファグワー(小那覇小)に{其えに行二っていた。サングヮチャーには集落の人たちが集まり、四角い石を目印にしおがて拝んでいた。昔はイリガー、クシヌ力一、メーヌカーなど集落内の古い井戸には、火のついてない線香を置いて拝んでいた。現在、イリガーの正確な地点は不明である。国道58号線に重なっていると思われる。そのため、現存するメーヌ力ーに、クシヌカ一、クラ二一ヌクシヌカーとともに合記されている。その碑文にはイリヌカミガーとある。|クラニーヌクシヌ力一|4か所ある共同井戸のlつ。屋号クラニー(蔵根): 20の北側にあとかうあった井戸の跡。戦前から水はj回れていて、土で埋まっていた。井戸の縁の石積みだけが残っており、線香が供えられていることがはいしょおがあった。拝所とされ、拝みが行なわれていた。周りにはソテツ(蘇鉄)が生えていた。現在、クラニーヌクシヌカーの正確な地点は不明である。国道5 8号線に重なっていると思われる。そのため、現存するメーヌ力一ひぷんにイリガ一、クシヌ力ーとともに合記されている。そこの碑文ではイリクシヌカミガーとある。ド閃|アンチョー|暗渠。2か所あったうちの1か所。ハマガー(浜)11)とハンザン(平安山)の議第あたりでテツドーを横切る屯未京品。|アンチョー|あんきょ暗渠。2か所あったうちの1か所。屋号ティーラベーチン(照屋ちかすいろぺーチン): 15の北東側。ケンドーを横切る地下水路。276 -ムートウ:本家の先祖。・ナカムートゥ:分家の先祖。-サングヮチャー:旧暦3月3日にごちそうを持って浜辺ヘ行き、身を清め、楽しく遊ぶ行事。子どもの健康祈願として、重箱のごちそうを食べさせる例もある。閉山《西後之神井戸・西之神井戸》

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