北谷町の地名 -戦前の北谷の姿-
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一一一ワ一J J 云ノ一一一フ一占μ一ーン一EV一EEt-E,J一川一ク一戸一ウ一ゎ集落の北側にあった山の中から湧き出て、西へ向かつて流れていもふた。流れの真ん中から水が盛り上がって吹き出ていた。川幅はあまり大きくなく、飛び越えられるぐらいだったが、水がj固れることはなかった。良質な水だったが、そこに住んでいたニンブチヤーの人だけしか利用していなかった。現在はポリテクセンターの真下となっている。ポリテクセンター建設のときに埋め土され、湧き口は無くなってしまった。しかし、くわ流れは教会の手前あたりからところどころ残っており、キャンプ桑え江の方へと流れている。話者によると、戦前は海まで流れていたが、キャンプ桑江内は作り変えられているかもしれないと言う。|トーバルガーラ|卜ーバルガーから流れ出してくる小川|。きたたま現在のハッピー(北玉)児童館あたりに流れてくる。→崎門屋取の卜ーバルガーを見よ。|シガイガーラ|集落の北東方向から南へと流れている川。もう1つの川と合流するところをタマタと言い、そこから下流はシルヒージャーガワとおきなわし言う。上流は現在の沖縄市で、うぐいす谷墓地公園近くを流れてくる。→伝道のタマタを見よ。1IJ¥ハjレ名|ウージバル|集落の南西方向一帯を言う。現在の小字のアガリウジパル・イリウジパルの範囲はまとめてウージバルと呼ばれていた。墓が多い場所で、ジャーガルヤードゥイ(謝苅屋取)、チャタン(北谷)、クェー(桑江)の人たちの墓があった。松林もあった。一一一一力一一一フ一一ア一一チ一一向J-集落の東方向にあった。ほとんどが山で、松林があった。ジャーガルヤードゥイ(謝苅屋取)の人たちの墓もあった。現在のうぐいす谷墓地公園の下あたりである。|卜ゥラジ|集落の北東側にあった山。松が生えていた。トゥラジの下あた206 -ニンブチャー:葬式のときに鉦をたたき、念仏歌を歌う人。ときには経文を読み、僧の代わりをつとめた。・ポリテクセンター:沖縄職業能力開発促進センターボリテクセンター沖縄・教会:日本聖公会沖縄教区北谷諮魂教会・キャンプ桑江(キャンプ・レスター):沖縄本島中部にある米海兵隊基地。米海軍病院がある。《間取り調査風景》

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