北谷町の綱引き
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(2)カニチ棒①戦前戦前のカニチ棒は松材で、崎原(1978)によれば、タキギを販売する底や材木屋から借用したり、松林から切り倒して聞に合わせていた。本数は雌雄をつなぐカニチ棒と、メー・ナカ・クシジナを結ぶナカニチ棒の合わせて5本使用した。寸法は不明である。②戦後1回目(1974年)この時に使用されたカニチ棒は、崎原(1978)によれば電信柱を購入して作製した。寸法その他は不明である。③戦後2回目(1986年)材質は松材であった。また長さについては「奇数がカリーだからjという理由から、13尺3寸(約4m)となった。直径は約20cmほどであった。加工は切り出してきた松の表皮を鎌でそぎ落とし、次に丁寧に表面を磨き、最後に棒の両端に市販のロープを巻き付けた。④戦後3回目(1998年)材質は松(リュウキュウマツ)である。寸法は長さ4m88cmで直径は18cmであった。またカニチ棒が網から抜けるのを防ぐため、市販のポリエスチレン製ロープを通す口径25mmの穴を、端から51cm内側、その反対側の端から49cm内側にドリルで聞けた。イ.カニチ棒作製の詳細まず、郷友会の会員の一人が所有している林から適当な大きさの松を選びチェーンソーを使い切り倒した。次に使用する大きさに切り、4人がかりで石柱を運ぶ要領で車の使用できるところまで運んだ。切りだした松材は、旧北谷町役場跡地に運び、ここで仕上げた。まず表皮を鎌等を使ってそぎ落とし、ある程度そぎ落とした後は耐水ペーパーで磨いた。その後両端の角をとり、ドリルで穴を聞けた。すべての整形が終わった後に中央に赤いペンキで幅10.7cmの目印を書き、市販のポリエスチレン製ロープを両端の穴に通した後巻いた。参考及び引用文献金城至盛編『字誌北谷.111986年嘉手納町史編纂委員会編『嘉手納町史資料編2.11民俗資料1990年北谷町史編集委員会編『北谷町史第三巻資料編2.11民俗下1994年北谷町史編集委員会編町ヒ谷町史第三巻資料編2.11民俗上1992年北谷町史編集委員会編『北谷町史第五巻資料編4.1北谷の戦時体験記録(下)1992年平敷令治『沖縄の綱引きJrr沖縄の祭斑と信仰.111990年崎原恒新「北谷三ヶ付の大綱引きJrまつり.111978年-20ー

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