北谷町の自然・歴史・文化
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らは全家庭て織物をLていたこどになリます。しかも中頭郡で唯一の専業織エ(二三産業の移り変わり人がいるどころでLた。製品は麻・芭蕉布ど綿織物だけで、絹織物はまったく製作しませんでした。絹織物は那覇・首里ど久米島(具志川・仲里)どいう限られた地域てごくわずか製作されているにすぎませんでした。織物製品は県てみるど、綿織物ど麻・芭蕉布がほどんどで絹織物はわずかなものでしたが、大正中期以降は麻・芭蕉布よリ綿織物が多くなリます。しかし、北谷や中頭郡ては麻・芭蕉布の方が綿織物を上回っていて、他の地域どの違いどなっています。ところで現在、戦前の早い時期に北谷て織られていた織物は受け継がれていません。C 酒要員表2.北谷町の諸職統計〔職人数〕北谷・中頭郡|大エ1896年(明治29)中頭郡100人・北谷11人2.鍛冶エ1896年(明治29)中頭郡46人.;Jヒ谷4人3 砂糖樽製造1896年(明治29)中頭郡112人・1ヒ谷6人4桶職1896年(明治29)中頭郡23人・北谷15人5石エ1896年(明治29)中頭郡40人・北谷6人6綿打職1896年(明治29)中頭郡12人・北谷3人〔職人の賃金〕北谷1.大エ1883年(明治16)日給20j長2石屋1883年(明治16)日給20銭3.鍛J台工1883年(明治16)日給20銭4茅屋根職1883年(明治16)日給20銭〔職業別賃金〕中頭郡大エ1916年(大正5) 日給45銭1921年(大正10)日給120銭2瓦ぶさk1916年(大正5) 日給35銭1921年(大正10)日給90銭3石エ1916年(大正5) 日給40銭1921年(大正10)日給70銭4.鍛J.E,¥ S 1916年(大正5) 日給40銭1921年(大正10)日給70銭5綿打1916年(大正5) 自給35銭1921年(大正10)日給50銭6 アダン葉帽材料仕上1916年(大正5) 自給25銭174 織物のようす

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