北谷町の自然・歴史・文化
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前・桑江地域の海沿いは返還されず、その前の海も使うこどができなく、漁業もうまくできませんでした。近年は、軍用地の返還地や山地での宅地造成などの開発や生活雑排水により海の汚染が進むどどもに、美浜地域の埋め立てなどで漁場が減少してきています。豊かな海を目の前にLていながら、漁業をするまわりの環境がどても厳Lいため、漁業だけでの生活はたいへんです。漁獲高一九八四年から一九九(平成五)年までの一0年間における漁獲高を見てみますピ一九八四年までは、沿岸ての建干し網や一本釣りにより、多くのたい類・はた類がどれていたため、漁獲高・生産額も少しづっ伸びてきていまLた。どころが、この翌年は、漁獲高が七七トン、生産額が六千二百万円、て、前の年ど比べて、漁獲高では七七トン(五OUノ川)、生産額では七千二百万円(五四γN)も減っています。このように急に減ったのは、埋め立てによリ建千し網をする場所が減ったこどがあリます。一九九三年は「は、ぇ縄」て「まぐろ」がよくどれましたが、一時的なもので、その後は、漁穫量・生産額ども横ばいになっています。水産業はえ縄刺し鋼一本釣りその{也、、ひき縄建干鯛(単位100万円)漁業種鎮別の漁猪量の移り変わり50 40 30 20 10 はえ縄刺し網一本釣りミその他ひき縄建子網(単位トン)漁業種類別の漁獲量の移り変わり60 50 30 20 10 40 。一九九三年一九九二年一九九一年一九九O年一九八九年一九八八年一九八七年一丸八六年一丸八五年一九八四年一九九三年一丸九二年一九丸一年一九九O年一九八丸年一九八八年一九八七年一九八六年一丸八五年一九八四年。163

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