このページの先頭ですサイトメニューここから
このページの本文へ移動
サイトメニューここまで

本文ここから

平和行政

よりよき平和行政発展の礎に

1.北谷町の平和行政の基本的な考え方

 71年余りという歳月の流れの中で、世代交代もあいまって、徐々に戦争体験の風化が押し寄せてきている。日本の歴史の中でかって経験したことがない未曾有の大惨禍をもたらした戦争を風化の危機にさらしてはならない。沖縄戦、ヒロシマ・ナガサキの体験を受継ぎ、後世に語り継いでいくことは、私たちに課された歴史的使命である。

 私たちは、戦争の実相を常に正しく把握することによって、平和の尊さを認識し、沖縄を平和の発信地として位置づけ、平和なふるさとの建設に努めるとともに、アジアや世界に向かって平和を希求する心を訴えつづけ、人類の恒久平和実現のため努力していくものである。

2.北谷町の平和事業施策について

 戦争により多くの町民が(当時は村)が命を失い、しかも家屋や道路、田畑などもことごとく破壊され、そのうえ終戦時には町の全域が米軍により占領され、辛うじて生き延びた町民は、自らの土地に帰ることすら許されなかった。

 1946年10月22日、ようやく米軍から町内の一部に居住が許され、町民は焦土と化したふるさとの復興に努めた。各地区から先遣隊を繰り出し、標準家屋の建設、共同耕作地の開墾、軍の廃材の集収などに努め、文字どおりゼロからの戦後復興が始まったのである。町民は肉親や友人の死に大きな衝撃を受けたが、そのため平和を求める心も大きく、町民は貧しいながらも「命どう宝」の考えのもとに平和な社会の建設に全力を挙げたのである。

 1946年10月22日は、北谷町民にとって記念すべき大事な日である。戦争のもたらす悲惨さ、愚かさ、そしてむなしさを体験した町民は、平和なふるさと復興のため、この日に荒廃した土地に最初の一撃の鍬を打ち下ろしたのである。

 そこで、沖縄戦体験ならびに広島・長崎の被爆体験を、歴史的教訓として受け止めいかなる理由があっても戦争は絶対に起こしてはならないとする町民の総意に基づき、日本国憲法と「北谷町非核宣言」の理念の下にすべての人が楽しく平和で豊かな生活がおくれるまちづくりを進めるめるために、10月22日を「北谷町民平和の日」として条例で制定し、町民が戦争について、平和の尊さについて語り合う日にするものである。そして、「北谷町民平和の日(10月22日)」から同月末日までを「北谷町平和推進旬間」と制定し、平和なふるさと建設のため、また世界の恒久平和実現のため、事業を実施する。

本文ここまで


以下フッターです。

北谷町役場

〒904-0192 沖縄県中頭郡北谷町字桑江226番地 電話:098-936-1234
開庁時間 午前8時30分から午後0時、午後1時から午後5時15分
Copyright © Chatan Town. All rights reserved.
フッターここまでこのページのトップに戻る